「綺麗ね。」 彼女はまた、ぽつりと言った。 「ああ。」 彼は同じように返事をしたが、実際はそうではない。そんな知らぬ世界の出来事など、彼にとっては傍らにいるこの女の意味に比べたら人工的で意味の無いものに見えた。 相変わらず月光を浴びて神秘的に光輝く彼女は、夜の怠惰な空気と、強く求め合った体のだるさからか物憂げで退廃的にも見えた。 その行為は二人にとって、至って真摯なものであった。 彼らの交わりは互いの愛の確認であり、許された時間の見えない彼女が彼に残せる証拠だったからである。 女は男に喜びを与えた。 男の記憶に残るような温もりを。 それは彼女の精一杯の切なさや愛しさを含んだ喜びだった。 愛の温もりを、愛を知らない男に性急に理解させる唯一の手段で。 男は未だ愛を分かっていない。 彼女には時間が無かった。 「何か、欲しいものがあるのか?」 こんな突然の問いに心の焦点を遠い世界から目の前のひたむきな瞳に戻した女は、すぐにその問いに答えられずにいた(多分そんな自分の顔は滑稽だろう、と彼女は思った)。 そんな女の緩やかな反応に気づいたのか気がつかぬものか、彼はそのまま続けた。 「街で、欲しいものがあったら明日にでも買ってくる・・・でも、それしか出来ない。一緒に行くことは出来ない・・・すまない。」 「・・・え?」 女は自らの思いにとらわれ、動けずにいた。そして彼の言葉に純粋に感動を覚えた。 何ということだろう! 彼は自分の眼差しの先を見たがっていたのだ! 眼下の明かりの華やかさに惹かれる海底の人魚のように、喧騒に憧れる心を! 届かない光を掴みたがる高鳴りを! その蒼い瞳で、頼りなげな心で、懸命に。 彼の言っていることの真意が分かると彼女は微笑み、男を見上げた。 「何もいらない・・・何も。」 |